東京高等裁判所 昭和53年(ま)4号 決定 1979年3月27日
主文
請求人に対し金六三万一五〇〇円を交付する。
理由
<前略>
一本件記録並びに請求人に対する傷害被告事件(第一審浦和地方裁判所昭和五一年(わ)第一六九三号、控訴審東京高等裁判所昭和五三年(う)第五四二号)の記録によれば、請求人は、昭和五一年八月二一日傷害被疑事実(請求人が同日国鉄上尾駅ホーム階段上において通行中の女性一名に対し傷害を負わせた旨の事実、以下これを甲事実という)により逮捕され、引続き同月二三日勾留され、処分保留のまま同月三一日釈放されたが、その後同年一二月七日別の傷害被疑事実(請求人が同日国鉄高崎線進行中の電車内において女性乗客二名に対し各傷害を負わせた旨の事実、以下これを乙事実という)により再び逮捕され、引続き同月九日勾留され、勾留中のまま、右甲事実及び前記乙事実の双方を公訴事実として同年一二月八日浦和地方裁判所に起訴されたこと、同裁判所は、請求人を勾留のまま審理したうえ、昭和五三年一月二〇日、甲事実について被告人を有罪と認め、懲役四月、二年間刑の執行猶予の、乙事実については犯行当時被告人は心神喪失の状態にあつたものと認め、無罪の、判決を言渡し、被告人は同日釈放されたこと、右判決のうち無罪部分については控訴期間の経過により同年二月四日確定したが、有罪部分については、弁護人から控訴申立がなされ、その控訴審として当裁判所は同年九月一九日、甲事実についても被告人の心神喪失を認め無罪の判決を言渡したこと、右当審の判決は上告期間の経過により同年一〇月四日確定したこと、次いで請求人から当裁判所に本件刑事補償請求がなされたものであること、以上の事実が明らかに認められる。
二ところで、甲事実を基礎とする逮捕、勾留に関する刑事補償請求について当裁判所が管轄裁判所であることはいうまでもないところであるが、乙事実を基礎とする逮捕、勾留に関する分については、第一審裁判所だけでなく、一定要件のもとに甲事実に関する控訴審裁判所である当裁判所も管轄裁判所となることがあることは、当裁判所の決定(昭和五〇年一一月四日東京高等裁判所決定、高刑集二八巻四号四三九頁)の示すとおりであるところ、本件の場合について検討すると、まず、乙事実を基礎とする逮捕、勾留の期間中に甲事実についても請求人の取調べがなされており、特に、甲、乙両事実に関連して被告人の精神状態につき疑問があつたため約六か月をかけて被告人の精神鑑定がなされており、また、前記のとおり、甲、乙両事実を併合審判した第一審の判決宣告日まで乙事実を基礎とする勾留が続いていたのであり、したがつて、乙事実を基礎とする逮捕、勾留期間のうちどれだけが甲事実の取調べ並びに審判のために用いられ、どれだけが乙事実の取調べ並びに審判のために用いられたかを明確に区分することはできない、また、当裁判所は、控訴審として、甲事実について有罪の判断をした原判決の当否についてのみ審理したものではあるが、心神喪失の成否が控訴審における唯一の争点であつた関係上、当然のことながら記録全体について調査検討し、本件甲、乙両事実の経過、内容等をも検討し把握したうえ、甲事実について無罪の裁判をしたのである。したがつて、当裁判所がした無罪の裁判も乙事実を基礎とする逮捕、勾留との間に密接な関連性があることは明らかであるから、この逮捕、勾留に関する刑事補償請求については当裁判所もまた管轄裁判所に該当するものと解するのが相当である。
三そこで進んで補償額について検討すると、前記のように請求人が受けた未決の勾留、拘禁の期間は、昭和五一年八月二一日から同月三一日までの一一日間及び同年一二月七日から昭和五三年一月二〇日までの四一〇日間の合計四二一日間であること、請求人は本件の各逮捕、勾留を受ける当時土工として月収約七万円を得ていたものであること、本件において前記のように甲、乙両事実について捜査がなされたうえ、結局全部について無罪の判決が確定するに至るまでの経緯、刑事補償法四条一項所定の補償金額の範囲、同条二項所定の諸般の事情などの諸点を総合して考察すれば、請求人に対する補償額は一日一五〇〇円の割合による四二一日分の金額すなわち六三万一五〇〇円と定めるのが相当と認められる。
よつて、刑事補償法一六条前段により主文のとおり決定する。
(向井哲次郎 山木寛 中川隆司)